時間外労働と36協定の基礎知識
労働基準法32条は「1日8時間・週40時間」を超える労働を原則として禁止しています。これを超えて時間外労働を行わせるためには、労基法36条に基づく労使協定、いわゆる「36協定」が不可欠です。協定を結び、労基署に届出して初めて効力を持ちます。
36協定の限度時間は原則として月45時間・年360時間。特別条項を設ける場合でも、臨時的・一時的な事情に限られ、青天井に残業を認めることはできません。介護現場のようにシフト勤務が多い職場では、協定の存在と正確な運用が特に重要になります。
実務上の注意点と就業規則への反映
介護事業所における36協定は、現場の働き方と密接に関わります。シフト制や夜勤専従者を含めた対象範囲を明記し、協定書に正しく反映させる必要があります。
就業規則には以下の点を定めておくと効果的です。
- 時間外労働は36協定の範囲内で行う
- 特別条項の適用要件を明示する(繁忙期、急な欠員、感染症対応など)
- 割増率(時間外25%・深夜25%・休日35%)の計算方法を明確にする
- 管理監督者の定義を正しく反映し、名ばかり管理職を除外しない
これらを明文化しておくことで、労務トラブルを予防できます。
誤解されやすいポイント
介護現場では次のような誤解がよく見られます。
- 「36協定があれば残業は無制限」 → 実際には限度時間と遵守義務がある
- 「変形労働時間制を導入していれば不要」 → 変形制と36協定は別の制度
- 「シフト表に書けば足りる」 → 書面協定と届出がなければ効力はない
- 「固定残業代でカバーできる」 → 規定時間を超えれば追加支給が必要
これらの誤解を放置すると、未払い残業や是正勧告につながります。
トラブル事例とリスク
あるデイサービスでは36協定を締結していたものの、月60時間前後の残業が常態化。特別条項を設けていなかったため、労基署から是正勧告を受け、過去2年分の未払い残業代を精算する事態となりました。
相談事例①
「グループホームで夜勤回数が多く、職員が疲弊している。就業規則で改善できるか?」
👉 回答:夜勤回数の上限や勤務間インターバルを就業規則に明記することで、過重労働を防ぎ、安全を確保できます。夜勤連続日数や最低休息時間を規定し、定期的に実績を確認する仕組みを設けることが望まれます。
実務対応のポイント
36協定を実効性あるものにするためには、就業規則と運用フローの両方で工夫が必要です。
- 就業規則の条文化:「時間外労働は36協定の範囲内で行う」「特別条項の発動は臨時的事情に限る」などを具体的に書く
- 月次モニタリング:予定シフトと実績を突合し、限度超過の兆候を早期に把握する
- 健康確保措置:長時間労働が続く場合には医師面談や休養日付与を規定に盛り込む
- 客観的記録と周知:IC打刻などで時間管理を徹底し、規定内容をクラウド等で周知する
相談事例①
「介護施設では途中採用や退職が多く、労働時間の清算が難しい」
👉 回答:労基法32条の4の2に基づき、在籍期間を平均して週40時間を超えた部分は割増清算が必要です。就業規則や給与規程に清算方法を明記しておくことで、トラブルを未然に防げます。
まとめ
36協定は介護現場での残業管理の基盤です。
誤解や誤用を放置すると是正勧告や高額な残業代請求につながるため、就業規則に明文化し、月次での点検と周知を徹底することが不可欠です。
【次のブログ記事のご案内】
就業規則入門⑧ 有給休暇・特別休暇の付与方法|介護現場で人員不足とどう両立する?
📘 有給休暇・特別休暇の基本
労基法39条に基づき、労働者に付与される年次有給休暇。就業規則で定められる慶弔休暇や特別休暇も含まれます。
✅ 介護現場で起こりやすい課題
・人員不足で休暇が取りづらい
・有給の申請が集中してシフトが崩れる
・「特別休暇」が制度として整っていない
📘 運用のポイント
・計画的付与制度を活用し、シフトと調整
・特別休暇は「対象・日数」を明確に規定
・有給と代替要員のバランスを確保する
🔑 メッセージ
「人が足りないから休ませない」ではなく、仕組みで両立を図ることが重要です。制度を整備すれば定着率向上にもつながります。
👉 記事はこちら:
https://legalcheck.jp/2025/09/xx/kaigo-rulebook8/
📖 参考資料
労働基準法 第32条(労働時間)
使用者は、労働者を休憩時間を除き一週間について40時間、一日について8時間を超えて労働させてはならない。
労働基準法 第33条(災害等による臨時の必要)
災害その他やむを得ない事由がある場合、行政官庁の許可を受ければ労働時間を延長できる。ただし事後に届出が必要。
労働基準法 第36条(時間外及び休日労働に関する協定)
使用者が労働者に法定労働時間を超えて労働させる場合は、労働組合または労働者代表との書面による協定(36協定)を結び、行政官庁に届け出なければならない。
労働基準法 第37条(割増賃金)
法定時間外・休日労働・深夜労働については、通常賃金に一定割合を加えた割増賃金を支払わなければならない。
判例(時間外労働・36協定)
電通事件(東京高裁平成12年10月27日判決)
新入社員が過労自殺した事案で、36協定があっても過重労働を放置した使用者の安全配慮義務違反を認めた事例。
三菱重工長崎造船所事件(最高裁平成12年3月24日判決)
36協定の限度時間を超える残業命令は無効であり、労働者はこれを拒否できるとした事例。
国鉄(JR) (盛岡地裁花巻支部昭和52年3月31日判決)
36協定を締結せずに時間外労働を命じたことは違法であり、割増賃金の支払い義務があるとされた事例。
高知放送事件(最高裁昭和61年12月4日判決)
長時間労働を強いられたアナウンサーが死亡した事案で、労働時間と死亡との因果関係を認め労災と判断した事例。