夜勤・シフト勤務の重要性とトラブル事例
介護業界における夜勤の現実
介護施設では、利用者が24時間生活を送るため、夜勤は避けて通れません。特に特養やグループホームでは、夜間も見守りや排泄介助、体調急変への対応が必要です。しかし、夜勤勤務は心身への負担が大きく、職員の退職理由の一つにも挙げられます。そのため、就業規則において勤務形態や割増賃金、休息ルールを明確にすることは、事業所にとって必須です。
よくあるトラブル事例
実務では「夜勤手当を払っているから深夜割増はいらない」と誤解しているケースが少なくありません。また、夜勤明けにそのまま日勤を入れる「連続勤務」が常態化し、過労死ラインに抵触したとして問題化する例もあります。これらは、就業規則での記載不足が原因で発生する典型的な労務リスクです。
労基法32条とシフト管理の基本
労働時間の原則
労基法32条は「1日8時間・週40時間」を上限としています。夜勤やシフト勤務も例外ではなく、1か月単位・1年単位の変形労働時間制を採用する場合は、その旨を就業規則に明記し、労使協定を締結する必要があります。
介護現場のシフト管理
介護現場では、職員数が限られるため「月8回以上夜勤」「夜勤後の休日なし」といった無理な勤務形態が問題になりがちです。就業規則に「夜勤の回数上限」「シフト表の提示時期(例:1か月前)」を明記することで、職員への透明性を確保できます。
深夜割増と夜勤手当の区別
労基法37条による割増
22時から翌5時までの労働は「25%以上の割増賃金」が義務づけられています。休日労働と重なれば35%と合算され、60%以上となります。
夜勤手当との混同
介護事業所では「夜勤手当」を支給することが一般的ですが、これは深夜割増とは別物です。就業規則に「夜勤手当:1回〇円」「深夜割増:労基法に基づき25%加算」と区別して記載していなければ、未払い請求の対象となり得ます。過去には「夜勤手当込み」と主張した会社が裁判で敗訴した例もあります。
健康配慮と過労防止の規定
安全配慮義務
夜勤は生活リズムを崩し、脳心臓疾患やうつ病リスクを高めるとされています。労働安全衛生法では、深夜業従事者への健康診断を年2回実施する義務が規定されています。
実務での工夫
就業規則には「夜勤明けの連続勤務禁止」「月間夜勤回数の上限」「仮眠休憩時間の保障」などを明記しておくことで、過重労働を防ぐことが可能です。また、夜勤専従者を配置する場合は「本人の同意を前提にする」ことを条文化すると安全です。
まとめ
- 夜勤・シフト勤務は、労基法32条の原則に基づき、就業規則に勤務時間や上限回数を明示することが必要です。
- 夜勤手当と深夜割増は別物であり、規定を分けて記載しなければ未払いトラブルにつながります。
- 健康障害を防ぐため、夜勤回数の制限や連続勤務禁止などの規定を設けることが職員定着にも直結します。
👉 就業規則は、介護現場の「働きやすさ」と「安全」を守る社内憲法です。夜勤・シフト勤務のルールを整備することが、離職防止と利用者サービスの安定につながります。
参考:法律(労働時間、割増賃金など)
労働基準法第32条(労働時間)
使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
使用者は、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。
労働基準法第37条(割増賃金)
使用者が労働者に、法定時間外、休日または深夜に労働させた場合においては、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の25%以上を加算した率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
労働安全衛生法第66条の2(深夜業従事者の健康診断)
事業者は、深夜業に常時従事する労働者に対しては、医師による健康診断を6か月以内ごとに1回行わなければならない。
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就業規則入門⑥ 変形労働時間制の落とし穴と実務対応|介護事業でよくある誤解とは?
👉次回⑥の予定です
📘 変形労働時間制とは
1か月単位・1年単位など柔軟な勤務形態を可能にする仕組みです。
✅ 就業規則に記載しないと無効
単なるシフト表運用だけでは、労基法違反と判断される危険があります。
📘 介護業界での誤用例
「36協定を出せば変形労働もOK」と誤解されるケースが多いですが、これは誤りです。
🔑 実務での注意点
シフト提示の時期・対象労働者・協定内容を就業規則に落とし込むことが重要です。
👉 記事はこちら:
https://legalcheck.jp/2025/09/15/kaigo-rule6/
参考:判例
・大星ビル管理事件
仮眠中でも即応義務があり行動の自由が制限されていれば労働時間たり得ると示す。介護の宿直・夜勤の仮眠は、実態(呼び出し頻度・離席の自由度)に即して労働時間と非労働時間を区分し、手当と割増の算定基礎を明示すべき。
・三菱重工事件
着替え・保護具装着、資材受出し、散水、終業後の脱衣など、始業前後の一連の行為の一部を労働時間と認定。介護でも、夜勤前後の申し送り・器具準備・片付け等の扱いを就業規則に明記し、勤怠で計上する根拠となる。
- 三菱重工長崎造船所事件(最二小判 平成12年3月24日)
→ 長時間労働と健康障害の因果関係を認めた代表的判例。
事案概要:
Y社長崎造船所の従業員であるXら二七名が、右造船所では、完全週休二日制の実施に当たり、就業規則を変更して、所定労働時間を一日八時間(休憩時間は正午から午後1時までの一時間とする)とし、始業・終業基準として、(一)始業に間に合うように更衣等を完了して作業場に到着し、所定の始業時刻に実作業を開始し、(二)午前の終業においては所定の終業時刻に実作業を中止し、(三)午後の始業に当たっては右作業に間に合うように作業場に到着し、(四)午後の終業に当たっては所定の終業時刻に実作業を終了し、終業後に更衣等を行うこととされ、始業・終業の勤怠把握基準としては、従前の職場の入口又は控所付近に設置されたタイムレコーダーによる勤怠把握を廃止し、更衣を済ませ始業時に所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準に判断する旨が新たに定められ、当時Xらは実作業に当たり、作業服のほか保護具、工具等の装着を義務づけられ、これを怠ると懲戒処分等を受けたり、成績査定に反映されて賃金の減収につながる場合があったところ、就業規則の定めに従って所定労働時間外に行うことを余儀なくされた(1)入退場門から所定の更衣所までの移動時間、(2)更衣所等において作業服のほか所定の保護具等を装着して準備体操場まで移動時間、(3)午前ないし午後の始業時刻前に副資材等の受出し・午前の始業時刻前の散水に要する時間、(4)午前の終業時刻後に作業場から食堂等まで移動し、現場控所等において作業服等を一部離脱する時間、(5)午後の始業時刻前に食堂等から作業場等まで、作業服等を再装着する時間、(6)午後の終業時刻後に作業場等から更衣所等まで移動してそこで作業服等を脱離する時間、(7)手洗い、洗面、洗身、入浴後に通勤服を着用する時間、(8)更衣所等から入退場門まで移動する時間が、いずれも労働基準法上の労働時間に該当するとして、八時間を越える時間外労働に該当する右諸行為に対する割増賃金等を請求したケースのY側の上告審で、一審と同様に、(2)、(3)及び(6)の諸行為に要した時間は、いずれもYの指揮命令下に置かれているものと評価でき、労働基準法上の労働時間に該当するとしてXらの請求を一部認容した原審の判断が正当として是認できるとして、Yらの敗訴部分取消しを求めた上告が棄却された事例。
参照法条:労働基準法32条