就業規則と人材定着・採用戦略

就業規則は“義務”であると同時に採用の武器
介護業界では人材不足が深刻化し、採用と定着の両立が事業存続の大きな課題になっています。ここで見落とされがちなのが「就業規則」の役割です。法律上の義務だから作る、という最低限の視点だけではなく、規則を「採用活動での信頼の証」「職員を守る安心材料」として活用することができます。応募者や在籍職員にとって、労働条件が明確であることは安心につながり、結果として採用力の強化や定着率の向上に直結します。

採用における就業規則の効果
求人票に「就業規則あり」と明記できるだけでも、応募者から見れば「労働環境が整備されている法人」としてプラスに評価されます。特に介護業界は「労務管理が曖昧」「サービス残業が多い」といった負のイメージがつきやすく、就業規則の有無は応募を左右する要素です。面接時に「当法人では残業代の支払方法や有給休暇の取得ルールを規則で明記しています」と説明できれば、応募者は安心し、入職後のミスマッチも防げます。

内定取消と就業規則の関係
介護事業所では採用後すぐに現場に配置することが多いため、採用段階でのトラブルは事業運営に直結します。特に問題になるのが「内定取消」です。法律上、内定は労働契約の成立とみなされるため、合理的な理由がなければ一方的に取消すことはできません。例えば、応募書類に虚偽記載がある、必要資格を満たしていなかった、健康上の理由で業務遂行が不可能と診断されたなど、客観的でやむを得ない事情がある場合を除き、内定取消は無効と判断される可能性が高いのです。もし不当に取消した場合、採用予定者から損害賠償請求を受けたり、監督署や裁判所で不当行為とされるリスクがあります。こうした紛争を避けるためには、就業規則や採用内規に「内定取消事由」を明文化し、採用段階で候補者に周知しておくことが不可欠です。

定着率を高める工夫
就業規則には、基本的な労働条件だけでなく、働きやすさを示す仕組みを盛り込むことが重要です。例えば、処遇改善加算の支給方法を規定する「処遇改善加算支給規程」を内規として設け、全員に周知することは効果的です。また、ハラスメント防止条項や相談窓口を明記しておけば、安心して長く働ける環境づくりに直結します。単なる義務ではなく「定着支援ツール」としての規則が、職員の安心感を育みます。

新人研修と就業規則
新規採用者研修に就業規則を活用することも大切です。入職時に就業規則を説明し、署名をもらうことで、労働条件の透明性が確保されます。また、外国人スタッフが多い事業所では翻訳版や図解を用意することで、文化や言語の壁を越えてルールを理解してもらう工夫が必要です。「誰でも理解できる就業規則」が、採用後の早期離職を防ぎます。

行政評価と採用力の関係
就業規則を整備していれば、労基署の監査や介護保険の指定更新審査でも「労務管理体制が整っている」と評価されます。こうした外部評価は職員や応募者にも伝わりやすく、法人の信頼性を高めます。逆に規則が整っていないと「体制が不十分」と見なされ、トラブル時の防御力を欠くだけでなく、採用活動でもマイナスイメージとなってしまいます。

加算・助成金と就業規則のリンク
処遇改善加算や各種助成金の申請でも「就業規則に明文化されていること」が前提になる場合があります。支給方法や職員への還元ルールを規定しておけば、職員に「制度が正しく運用されている」という信頼を与えると同時に、採用時にも「きちんと還元される職場」として魅力を伝えることができます。

まとめ
就業規則は「監査対応のために仕方なく作る書類」ではなく、「採用力と定着率を高める武器」です。求人票や面接で規則を活用し、働く安心を伝えることが重要です。処遇改善加算や助成金との連動も含め、就業規則を経営戦略の一部として位置付ければ、人材不足の時代にこそ他法人との差別化が図れます。


参考:法律・判例

労働基準法第89条(就業規則の作成及び届出)
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
四 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
五 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
六 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
七 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
八 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
十 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

労働基準法第106条(周知義務)
使用者は、就業規則を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によつて、労働者に周知させなければならない。

判例:秋北バス事件(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決)
就業規則の変更が労働者に不利益を与える場合でも、その内容が合理的であれば効力を持つとされた事例。労働条件の画一的処理の重要性が強調され、採用・定着を考える上でも「規則の合理性」が欠かせないと理解できる。


裁判例:介護職員処遇改善加算金と割増賃金(松山地裁・宇和島支部 令和3年1月22日判決・判タ1487号213頁)

実務ポイント:就業規則・賃金規程で「加算の配分方法」「割増賃金の基礎算入の取扱い」を明示し、未払い・返還指摘のリスクを避ける。

要旨:処遇改善加算は賃金水準の改善目的の原資であり、本来支払うべき残業代の原資に充てるのは趣旨に反する。また、毎月支給される加算手当は割増賃金の基礎に含めて算定すべきと判断。



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就業規則入門⑤ 夜勤・シフト勤務の規定方法|労基法32条・深夜割増の実務ポイント


👉次回⑤の予定です

📘 夜勤・交替勤務の多い介護現場
夜勤やシフト勤務をどう定めるかは、労基法との整合性が最も厳しく問われる部分です。

✅ 労基法32条と夜勤上限
労働時間の規制を無視すると、違法残業や過労死リスクにつながります。

📘 深夜割増の支払いルール
22時〜5時は割増が法律で義務づけられており、就業規則に明文化しておかないと紛争の原因になります。

🔑 実務での落とし穴
「現場慣習」で夜勤を回していると、労基署の監査で必ず指摘されます。ルールを規則に落とし込み、36協定とも整合させることが重要です。

👉 記事はこちら:

https://legalcheck.jp/2025/09/xx/kaigo-rule-5/