就業規則の作成義務と10人未満でも整備すべき理由

法律上の義務(労基法第89条)
就業規則は、労働基準法第89条により「常時10人以上の労働者を使用する使用者」に作成・届出が義務づけられています。違反した場合は30万円以下の罰金が科される可能性があります。10人以上とは、正社員だけでなく、アルバイトやパートタイマーも含まれます。労働時間の長短を問わないため、思っている以上に早く義務が発生します。例えば社員7人にパート4人がいれば「11人」とカウントされ、作成義務が生じます。

10人未満の会社でも整備が必要な実務的理由
では10人未満なら不要かというと、決してそうではありません。厚生労働省のリーフレットでも「10人未満であっても作成は望ましい」と明記されています。理由はシンプルで、トラブル予防と職場の公平性です。たとえば、残業代の計算方法、遅刻・欠勤時の給与控除の取り扱い、有給休暇の申請ルールが社員によって認識が異なれば、必ず揉めます。人数が少ない会社ほど人間関係に直結し、離職につながりやすいのです。

さらに、助成金の多くは「就業規則や関連規程に明文化されているか」を要件とします。キャリアアップ助成金や両立支援等助成金など、制度を導入しても規程に書いていなければ申請時に門前払いとなることがあります。つまり「制度がある」だけでは不十分で、「制度が規則に書かれている」ことが求められるのです。

公平性と透明性の確保
就業規則は、単なる法的書面ではなく「社内の共通ルールブック」です。例えば同じ部署で2人の社員が有給休暇を申請したとき、規則がなければ「上司の裁量」で片方だけ認められる可能性があります。こうした属人的運用は不公平感を生み、定着率を下げます。文書化された就業規則があれば「誰が読んでも同じ答えが出る」状態になり、経営側も従業員側も安心して判断できます。

まとめ
就業規則の作成義務は10人以上からですが、実務的には1人の時点から準備しておくのが賢明です。採用活動でも「規則があります」と伝えるだけで信頼度が増し、応募者の安心感を高めます。就業規則は会社と従業員の両方を守る最初の防波堤である、という位置づけを押さえておきましょう。


就業規則改定の手順と“不利益変更”の要点

改定が必要となる場面
就業規則は一度作って終わりではなく、会社の成長や法改正に合わせて見直す必要があります。典型的なきっかけは以下の通りです。

  • 法改正(例:残業上限規制、年5日有給取得義務、2025年10月の柔軟な働き方制度義務化など)
  • 賃金制度の変更(職能給から職務給への転換など)
  • 新しい勤務形態の導入(在宅勤務・テレワーク・副業制度)
  • 職場トラブルやハラスメント対応の強化

規則を実態に合わせて改定しなければ、古いルールが形骸化し、かえってリスクになります。

改定の手順
改定時は、労働基準法第90条に基づき、労働者代表の意見書を添えて労基署へ届出を行う必要があります。労働者代表は使用者が一方的に指名するのではなく、過半数従業員の投票や挙手などで選出されなければなりません。意見書の内容が「反対」であっても、届出自体は可能ですが、意見聴取を経ていない場合は違法となります。届出後は周知が必須で、掲示・書面交付・電子データ公開のいずれかで従業員が常時確認できる状態を作らなければ効力を持ちません。

不利益変更の壁と合理性の判断基準
就業規則改定の最大の難所は「不利益変更」です。労働契約法第10条は「就業規則の変更が合理的である場合には、労働者との合意がなくても労働契約の内容を変更できる」と規定しています。合理性の判断には、判例で次の要素が考慮されると整理されています。

  • 変更の必要性(経営状況、法改正対応の必要性など)
  • 変更後の労働条件の不利益の程度
  • 代替措置や経過措置の有無
  • 労働組合や労働者代表との交渉経緯
  • 社会的相当性

代表的な判例として「秋北バス事件(最高裁昭和43年)」では、就業規則による労働条件の変更は、合理性があれば拘束力を持つとされました。一方、「みちのく銀行事件(最高裁平成12年)」では、賃金制度の改定が不合理と判断され、規則変更の効力が否定されました。これらは「手続と合理性」が不利益変更の分水嶺であることを示しています。

実務的な注意点
経営者が独断で就業規則を改定し「今日からこのルールです」と押し付けても無効となる可能性があります。従業員への説明会資料や意見交換記録を残し、改定理由を明示することが重要です。特に賃金や解雇に関わる部分は敏感であり、裁判になった際に「合理性を裏付ける証拠資料」がどれだけあるかが勝敗を分けます。

まとめ
就業規則は「作ること」自体がゴールではなく、「改定を繰り返し、常に実態と法改正に適合させること」で真価を発揮します。不利益変更の壁を軽視すると裁判や是正勧告につながりかねません。改定の合理性を確保し、周知と記録を徹底することが、会社と従業員を守る唯一の道です。


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就業規則入門③ 就業規則の目的と役割とは?作らない場合のリスクも解説



👉次回③の予定です

📘 就業規則の基本的な役割
労基法で義務づけられた共通ルール。全員が同じ前提で働ける環境をつくります。

トラブルを未然に防ぐ効果
残業代・有休・懲戒・解雇などを明文化し、感情的対立を回避できます。

📘 公平性と安心感を生む仕組み
従業員全員を同じ基準で扱うことで信頼感と定着率を高めます。

🔑 整備しない場合のリスク
是正勧告や裁判で不利になる、採用で不利になるなど会社に直結するダメージが発生します。

👉 「目的」と「リスク」を押さえることが、就業規則を活かす第一歩です。詳しくは次の記事をご覧ください。


👉 記事はこちら:
https://legalcheck.jp/2025/09/06/rulebook3/