障害福祉サービスで多発する労務トラブルと就業規則の役割

障害福祉の現場は、生活支援と安全確保を同時に満たすため、勤務形態や配置が複雑になりがちです。夜勤や宿直、オンコール待機、送迎や記録業務など、表に見えづらい労働時間が積み上がることで、未払い賃金やシフト運用の不備が表面化します。この記事では、現場で起きやすいトラブルの型を整理し、就業規則に落とし込むべき実務ポイントを示します。条文や判例の全文は記事末尾の参考資料にまとめます。

障害福祉サービスで頻発する労務トラブル

夜勤手当の未払いや基準の不明確さ
夜勤の時間帯、仮眠や引継ぎの取扱い、深夜割増との関係が規程化されていないと、同じ勤務でも手当額が違うという不公平感が生まれます。結果として離職や紛争の火種になり、是正対応に追われることになります。

宿直の労働時間性の判断ミス
形式上は「宿直」であっても、実態としてコール対応や巡回が随時発生している場合、労働時間と評価される危険があります。休憩扱いにして手当を払わない運用は、未払い賃金の請求や是正勧告につながります。

オンコール待機の無償扱い
待機中の拘束度や呼出頻度が高いにもかかわらず無償とする運用は、労働時間と判断されるリスクがあります。待機手当と呼出手当の設計、呼出時の割増賃金の支給ルールを明確にする必要があります。

資格要件・配置基準の逸脱
無資格者の単独配置や、加算要件を満たさない体制での提供は、報酬返還や行政処分に直結し得ます。職務記述と配置ルールを規程化しておかないと、現場判断が先行して統制不能になります。

相談事例(生活介護)夜勤手当の基準が曖昧で不満が出ている
「同じ夜勤でも手当が違う」という声が上がり、離職意向が表面化しました。
👉 回答:就業規則に夜勤の定義、対象時間、仮眠の取扱い、引継ぎ時間の扱いを明文化し、夜勤手当と深夜割増の関係を具体的に規定します。勤務パターンごとの支給例を別表で示すことで、運用と周知の双方を安定させます。

相談事例(グループホーム)宿直を休憩扱いにして手当を払っていなかった
仮眠中もコール対応が随時ありましたが、休憩扱いとして不払にしていました。
👉 回答:宿直の定義、仮眠中断時の扱い、手待時間と労働時間の境界を規程化します。宿直手当の金額、割増賃金の発生条件、緊急対応時の記録方法まで定め、実態に合わせた手当支給へ是正します。

相談事例(居宅介護・訪問介護)オンコール待機を無償扱いにしていた
待機は自宅で行うものの呼出が頻繁で拘束が強く、不満が蓄積していました。
👉 回答:待機手当と呼出手当の二段構えを導入し、呼出時は所定の割増を適用します。待機可否の距離・飲酒禁止・応答時間など行動制限の有無を明記し、労働時間性が高い運用を回避します。

相談事例(ショートステイ)変形労働時間制を導入したいがシフト確定が直前になる
繁忙で勤務割表が直前確定になりやすく、制度適用に不安がありました。
👉 回答:勤務割表の確定と周知の期限を就業規則に定め、一定の勤務パターンを別表で用意し組み合わせ運用に切り替えます。直前変更は代替同意と記録を必須とし、週四十時間超過分は時間外として適正に処理します。

就業規則に明文化すべきルール

夜勤・宿直・オンコールの定義と支給基準
勤務の定義、対象時間、仮眠や待機の取扱い、呼出時の賃金計算、報告様式を具体化します。金額だけでなく「いつ」「誰が」「どう記録し支払うか」まで運用手順を落とし込みます。

シフト作成と周知の実務
勤務割表の作成期限、周知方法、変更時の手続と記録を定めます。変形労働時間制を使う場合は、対象期間、カレンダー、所定時間の配分、代替同意の手順を明文化します。

資格・配置・加算要件の担保
必要資格、経験年数、配置基準、兼務ルール、研修の必須化を規程に落とし込みます。加算要件はチェックリスト化し、シフト作成時に自動で確認できる運用にします。

安全配慮と苦情対応
夜間の複数配置原則、緊急時の応援要請、暴力・感染・転倒等の危険場面の対応手順、苦情受付と改善フローを定め、現場の安全と定着を同時に高めます。

まとめ

障害福祉の労務トラブルは、曖昧なルールと周知不足から繰り返し発生します。就業規則で勤務の定義と手当基準、シフトと記録手順、資格と配置、緊急対応までを具体的に明文化し、現場で運用できる形に落とすことが要です。規則は作って終わりではなく、周知と記録まで含めて初めて効果を発揮します。今日からできる一歩として、夜勤・宿直・オンコールの三点について、定義と支給基準のドラフトを整え、次回の全体ミーティングで周知する準備を進めてください。

【次のブログ記事のご案内】

就業規則入門④ 変形労働時間制の導入と注意点|障害福祉事業での実務ポイント

👉 次回④の予定です

📘 変形労働時間制とは
一定期間を平均して週40時間以内に収める制度。繁忙期と閑散期がある事業でよく利用されます。

✅ 現場で起こりやすい課題
・シフト確定が直前になり、30日前ルールを守れない
・週40時間超過部分を見落とし、残業代不払いとなる
・制度を導入しても実態が伴わず無効とされる

📘 就業規則に盛り込むべき内容
・勤務パターンの明記と組み合わせ方式の導入
・シフト作成期限と労使協定の遵守
・無効とならないための手続き整備

🔑 メッセージ
変形労働時間制は便利な仕組みですが、運用を誤れば「残業代請求」の温床になります。
就業規則とシフト管理を両輪で整えることが不可欠です。

👉 記事はこちら:
https://legalcheck.jp/2025/09/xx/shougai-rulebook4/




参考資料

労働基準法 第32条(労働時間)
使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
使用者は、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。

労働基準法 第35条(休日)
使用者は、労働者に対して毎週少くとも1回の休日を与えなければならない。

労働基準法 第37条(割増賃金)
使用者が、労働時間、休日又は深夜に労働させた場合においては、通常の労働時間の賃金の計算額に、厚生労働省令で定める率以上の率を加算した割増賃金を支払わなければならない。

労働基準法 第32条の4(変形労働時間制)
使用者は、一定の期間を平均し1週間当たりの労働時間が40時間を超えない定めをした場合において、その期間を通じ特定の日又は週における労働時間が40時間を超えても、労働時間の規制に違反しない。勤務割表は30日前までに作成・周知する必要がある。

判例(宿直の労働時間性)
大星ビル管理事件(最高裁平成14年2月28日判決)
宿直勤務において仮眠が可能であっても、実際に随時対応を求められる状況では「労働時間」と判断されるとした事例。

三菱重工長崎造船所事件(最高裁平成24年3月2日判決)
労働者の自由利用が保障されていない「手待時間」は労働時間に含まれるとした事例。オンコール待機の労働時間性判断に影響を与える判示。