変形労働時間制の基礎知識
労基法32条の原則と例外
労働時間の原則は「1日8時間・週40時間」です。介護業界のように夜勤や不規則なシフトを前提とする職場でも、この大原則は変わりません。ただし現実には、この原則をそのまま適用すると夜勤や交替勤務の運用が難しくなります。そこで法律は例外的に「変形労働時間制」を認め、一定の期間を平均して週40時間以内であれば、繁忙日や夜勤の日に長時間勤務を割り当てることを可能にしています。
代表的な3種類の制度
- 1か月単位の変形労働時間制
- 1年単位の変形労働時間制
- フレックスタイム制
このうち介護施設で多く導入されるのは「1か月単位」で、特養やグループホームの夜勤シフト運用に欠かせません。
介護現場の導入実態
例えば日勤7時間・夜勤16時間という勤務形態を組み合わせ、1か月平均で週40時間以内に収めれば制度上は有効です。ただし、これはあくまで就業規則に制度を明記し、労使協定を締結して労基署に届出した場合に限られます。
厚労省FAQのポイント
厚生労働省はQ&A形式で次のように注意点を示しています。
- 1年単位の変形労働時間制では、労使協定で労働日と各日の所定労働時間を特定する必要がある。
- 区分方式をとる場合、最初の期間は日ごとの労働時間を定め、それ以外は「総労働日数・総労働時間」を定めた上で、各区分の初日30日前までに勤務割表を確定しなければならない。
- 途中採用や退職者については、その在籍期間を平均して週40時間を超えた部分に割増賃金を支払う必要がある。
相談事例①
「地方の中規模デイサービス(職員数30名程度)。送迎も介護職員が兼務し、日によって利用者数に差がある。来月から1年単位の変形労働時間制を導入したいが、シフト確定が直前になりがちで30日前ルールを守れない。この場合でも導入できるか?」
👉 回答:労基法32条の4第2項により、勤務割表は30日前に確定・同意が必要。直前作成では制度が無効となり、週40時間を超える部分は時間外労働扱い。一定の勤務パターンを就業規則に明記し、組み合わせ方式を取ることで柔軟な運用は可能。
まとめ
変形労働時間制は現場の実態に合う柔軟な制度ですが、30日前ルールや協定整備を怠れば制度そのものが無効とされます。
よくある誤解とトラブル事例
誤解①:36協定さえあれば変形労働が可能
36協定は時間外・休日労働を可能にする仕組みであり、変形労働時間制の導入条件ではありません。就業規則に定めがないまま運用すれば、法定労働時間を超える勤務はすべて残業扱いとなります。
誤解②:シフト表を作れば足りる
単にシフト表を作成するだけでは不十分です。対象期間、対象労働者、勤務割表の提示期限などを就業規則に定め、労使協定を締結し、労基署へ届出ることが必要です。
介護現場のトラブル例
- 夜勤16時間を運用していたが、就業規則に変形労働制の定めがなかったため、労基署調査で違法と判断され、未払い残業代請求を受けたケース。
- 「変形だから週40時間を超えても問題ない」と誤解し、実際には平均しても超過していたため裁判で敗訴したケース。
相談事例②
「特養ホームで夜勤16時間を導入しているが、就業規則に明記していない。この場合は違法か?」
👉 回答:就業規則に明記していなければ変形労働制は無効で、8時間を超える部分はすべて時間外労働。未払いリスクが極めて高い。
相談事例③
「週40時間を超えた勤務をしているが、施設から『変形だから問題ない』と言われた」
👉 回答:変形制はあくまで平均で週40時間以内に収める仕組み。平均しても超過していれば割増賃金が必要。
判例の教訓
- 三菱重工長崎造船所事件:着替え・準備・片付けの一部を労働時間と認定。
- 大星ビル管理事件:仮眠中でも待機義務があれば労働時間と認定。
- 医療法人康心会事件:年俸に「割増込み」としても無効、割増は別建てで必要。
まとめ
誤解や安易な運用は、是正勧告や裁判、巨額の残業代請求につながる危険性があることを理解すべきです。
実務対応のポイント
就業規則に必ず記載すべき内容
- 対象期間(1か月/1年)
- 対象労働者の範囲(全員/特定職種)
- 1日の労働時間の上限
- 勤務割表の提示時期(30日前)
労使協定の整備
就業規則に加え、必ず労使協定を締結し、労基署へ届け出る必要があります。協定書には対象期間、対象者、総労働時間などを明記することが求められます。
健康配慮の視点
変形労働時間制を導入すると長時間勤務が発生しやすくなります。
- 夜勤回数の上限を設ける(例:月8回以内)
- 勤務間インターバルを確保する(例:11時間以上)
- 深夜業従事者に半年ごとの健康診断を行う
相談事例④
「グループホームで夜勤回数が多く、職員が疲弊している。就業規則で改善できるか?」
👉 回答:夜勤回数の上限やインターバルを規則に明記することで、過重労働を防ぎ安全を確保できる。
相談事例⑤
「介護施設では途中採用や退職が多く、労働時間の清算が難しい」
👉 回答:労基法32条の4の2により、在籍期間を平均して週40時間を超えた部分は割増清算が必要。規則や給与規程に清算方法を明記しておくとトラブルを防げる。
運用フロー例
- 就業規則に制度を記載
- 労使協定を締結し労基署へ届出
- 勤務割表を30日前に確定し、労働者に周知
- 夜勤回数や休息時間の制限を遵守
- 健康診断や安全衛生管理を徹底
まとめ
「就業規則+協定+健康配慮」の三位一体で制度を運用することが、介護現場を守るための必須条件です。
全体まとめ
- 変形労働時間制は介護現場に有効だが、就業規則や協定がなければ無効。
- 「36協定で代用できる」という誤解は危険で、未払い残業代請求につながる。
- 導入時は、30日前ルール・協定・健康配慮の3点を整備することが欠かせない。
👉 就業規則は介護現場のルールブックです。正しく整備することで、職員の安心と利用者への安定サービスの両立が実現します。
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就業規則入門⑦ 時間外労働と36協定の実務対応|介護事業における適正な運用とは?
📘 36協定とは
労基法36条に基づき、時間外労働を可能にする労使協定。
✅ 介護現場で起こりやすい課題
・残業が常態化し、協定を超えてしまうケース
・限度時間を無視したシフト運用
・協定と就業規則の整合性が取れていない事例
📘 適正運用のポイント
・限度時間を守った残業管理
・割増賃金の正確な計算
・36協定と変形労働制を混同しないこと
🔑 メッセージ
「36協定があるから残業は無制限」は誤解。
正しく整備しなければ、未払い請求や是正勧告につながります。
👉 記事はこちら:
https://legalcheck.jp/2025/09/xx/kaigo-rule-7/
参考資料
労働基準法 第32条(労働時間)
使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
② 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
(昭和六二年法律第九九号・一部改正)
労働基準法 第32条の2(1か月単位の変形労働時間制)
使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。
② 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。
(昭和六二年法律第九九号・追加、平成一〇年法律第一一二号・平成一一年法律第一六〇号・一部改正)
労働基準法 第32条の3(フレックスタイム制)
使用者は、就業規則その他これに準ずるものにより、その労働者に係る始業及び終業の時刻をその労働者の決定に委ねることとした労働者については、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めたときは、その協定で第二号の清算期間として定められた期間を平均し一週間当たりの労働時間が第三十二条第一項の労働時間を超えない範囲内において、同条の規定にかかわらず、一週間において同項の労働時間又は一日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。
一 この項の規定による労働時間により労働させることができることとされる労働者の範囲
二 清算期間(その期間を平均し一週間当たりの労働時間が第三十二条第一項の労働時間を超えない範囲内において労働させる期間をいい、三箇月以内の期間に限るものとする。以下この条及び次条において同じ。)
三 清算期間における総労働時間
四 その他厚生労働省令で定める事項
② 清算期間が一箇月を超えるものである場合における前項の規定の適用については、同項各号列記以外の部分中「労働時間を超えない」とあるのは「労働時間を超えず、かつ、当該清算期間をその開始の日以後一箇月ごとに区分した各期間(最後に一箇月未満の期間を生じたときは、当該期間。以下この項において同じ。)ごとに当該各期間を平均し一週間当たりの労働時間が五十時間を超えない」と、「同項」とあるのは「同条第一項」とする。
③ 一週間の所定労働日数が五日の労働者について第一項の規定により労働させる場合における同項の規定の適用については、同項各号列記以外の部分(前項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)中「第三十二条第一項の労働時間」とあるのは「第三十二条第一項の労働時間(当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、労働時間の限度について、当該清算期間における所定労働日数を同条第二項の労働時間に乗じて得た時間とする旨を定めたときは、当該清算期間における日数を七で除して得た数をもつてその時間を除して得た時間)」と、「同項」とあるのは「同条第一項」とする。
④ 前条第二項の規定は、第一項各号に掲げる事項を定めた協定について準用する。ただし、清算期間が一箇月以内のものであるときは、この限りでない。
(昭和六二年法律第九九号・追加、平成一一年法律第一六〇号・平成三〇年法律第七一号・一部改正)
労働基準法 第32条の4(1年単位の変形労働時間制
使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めたときは、第三十二条の規定にかかわらず、その協定で第二号の対象期間として定められた期間を平均し一週間当たりの労働時間が四十時間を超えない範囲内において、当該協定(次項の規定による定めをした場合においては、その定めを含む。)で定めるところにより、特定された週において同条第一項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。
一 この条の規定による労働時間により労働させることができることとされる労働者の範囲
二 対象期間(その期間を平均し一週間当たりの労働時間が四十時間を超えない範囲内において労働させる期間をいい、一箇月を超え一年以内の期間に限るものとする。以下この条及び次条において同じ。)
三 特定期間(対象期間中の特に業務が繁忙な期間をいう。第三項において同じ。)
四 対象期間における労働日及び当該労働日ごとの労働時間(対象期間を一箇月以上の期間ごとに区分することとした場合においては、当該区分による各期間のうち当該対象期間の初日の属する期間(以下この条において「最初の期間」という。)における労働日及び当該労働日ごとの労働時間並びに当該最初の期間を除く各期間における労働日数及び総労働時間)
五 その他厚生労働省令で定める事項
② 使用者は、前項の協定で同項第四号の区分をし当該区分による各期間のうち最初の期間を除く各期間における労働日数及び総労働時間を定めたときは、当該各期間の初日の少なくとも三十日前に、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の同意を得て、厚生労働省令で定めるところにより、当該労働日数を超えない範囲内において当該各期間における労働日及び当該総労働時間を超えない範囲内において当該各期間における労働日ごとの労働時間を定めなければならない。
③ 厚生労働大臣は、労働政策審議会の意見を聴いて、厚生労働省令で、対象期間における労働日数の限度並びに一日及び一週間の労働時間の限度並びに対象期間(第一項の協定で特定期間として定められた期間を除く。)及び同項の協定で特定期間として定められた期間における連続して労働させる日数の限度を定めることができる。
④ 第三十二条の二第二項の規定は、第一項の協定について準用する。
(昭和六二年法律第九九号・追加、平成五年法律第七九号・平成一〇年法律第一一二号・平成一一年法律第一六〇号・一部改正)
労働基準法 第32条の4の2(途中採用・退職者の清算)
使用者が、対象期間中の前条の規定により労働させた期間が当該対象期間より短い労働者について、当該労働させた期間を平均し一週間当たり四十時間を超えて労働させた場合においては、その超えた時間(第三十三条又は第三十六条第一項の規定により延長し、又は休日に労働させた時間を除く。)の労働については、第三十七条の規定の例により割増賃金を支払わなければならない。
(平成一〇年法律第一一二号・追加)
労働基準法 第32条の5(特例措置事業場)
使用者は、日ごとの業務に著しい繁閑の差が生ずることが多く、かつ、これを予測した上で就業規則その他これに準ずるものにより各日の労働時間を特定することが困難であると認められる厚生労働省令で定める事業であつて、常時使用する労働者の数が厚生労働省令で定める数未満のものに従事する労働者については、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、第三十二条第二項の規定にかかわらず、一日について十時間まで労働させることができる。
② 使用者は、前項の規定により労働者に労働させる場合においては、厚生労働省令で定めるところにより、当該労働させる一週間の各日の労働時間を、あらかじめ、当該労働者に通知しなければならない。
③ 第三十二条の二第二項の規定は、第一項の協定について準用する。
(昭和六二年法律第九九号・追加、平成五年法律第七九号・平成一〇年法律第一一二号・平成一一年法律第一六〇号・一部改正)
労働基準法 第33条(災害等による臨時の必要)
災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合においては、使用者は、行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において第三十二条から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し、又は第三十五条の休日に労働させることができる。ただし、事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滞なく届け出なければならない。
② 前項ただし書の規定による届出があつた場合において、行政官庁がその労働時間の延長又は休日の労働を不適当と認めるときは、その後にその時間に相当する休憩又は休日を与えるべきことを、命ずることができる。
③ 公務のために臨時の必要がある場合においては、第一項の規定にかかわらず、官公署の事業(別表第一に掲げる事業を除く。)に従事する国家公務員及び地方公務員については、第三十二条から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し、又は第三十五条の休日に労働させることができる。
(昭和二七年法律第二八七号・昭和六二年法律第九九号・平成一〇年法律第一一二号・一部改正)
労働基準法 第37条(割増賃金)
使用者が労働者に、法定労働時間を超えて労働させた場合には、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
② 使用者が労働者に、休日に労働させた場合には、その労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の三割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
③ 使用者が午後十時から午前五時までの間に労働させた場合には、その労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。