絶対的必要記載事項(労働時間・休暇・賃金・解雇など)

労働時間と休憩の明示
就業規則には、始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇の取り扱いを必ず記載しなければなりません。労働時間制度は裁判で争われやすい分野であり、曖昧にすると未払い残業代請求の根拠にされます。シフト制や変形労働時間制を導入する場合は、規則に明示し、運用ルールを従業員に周知することが不可欠です。

賃金規定の明文化
賃金の決定方法、計算、支払いの方法・締切・支払日も明示が義務付けられています。たとえば固定残業代を導入する場合、「何時間分を含むのか」を記載しなければ全額支払いを命じられるリスクがあります。裁判例でも、固定残業代の不明確さが原因で会社側が敗訴する事例が繰り返されています。

昇給・賞与の取扱い
昇給の有無は必ず記載しなければなりません。賞与については法的義務はありませんが、支給する場合は基準を定めて記載しておく方が安全です。採用時に「賞与あり」と説明したにもかかわらず規則に記載がなければ、トラブルの原因となります。

解雇・退職に関する定め
解雇事由や手続きについて明示することも義務付けられています。「信頼失墜行為」といった曖昧な表現は裁判で否定されやすく、具体的に「重大な経歴詐称」「無断欠勤が14日以上連続した場合」などの形で列挙することが重要です。これにより、解雇無効判決を避ける効果が期待できます。

休暇制度の規定
年次有給休暇の付与日数、取得方法を明記することも絶対的必要記載事項です。労基法で定められた最低基準を下回る規定は無効となり、トラブルに直結します。特に有給の時季指定権や時季変更権の行使方法を規則に反映しておくことが重要です。

まとめ
絶対的必要記載事項は、労務管理の根幹部分です。曖昧な表現や省略は許されず、法律で定められた最低限を必ず満たしたうえで、会社の実態に即したルールを整えることが求められます。


相対的必要記載事項(退職金・懲戒・安全衛生など)

退職金制度の有無
退職金を設けるかどうかは会社の自由ですが、制度を導入するなら必ず規則に明記する必要があります。「規程別」として退職金規程を作成し、計算方法や支給要件を具体的に示さなければ、従業員からの請求に耐えられません。

懲戒規定の整備
懲戒処分の種類や手続きは相対的必要記載事項です。戒告、減給、出勤停止、懲戒解雇などを区分し、それぞれの適用要件を明示することが不可欠です。過去の裁判例でも、手続きや基準が不明確な懲戒処分は無効とされることが多くあります。

安全衛生の取り扱い
安全衛生に関する措置、健康診断の受診義務、職場の安全管理体制なども記載が求められる事項です。安全配慮義務違反が問われた場合、規則に記載があれば「予防措置を講じていた」と説明できますが、記載がなければ企業責任が問われやすくなります。

表彰・制裁制度
表彰や制裁も、制度を設けるなら規則に明記が必要です。「会社が必要と認めた場合に表彰する」といった曖昧な表現では、基準が不明確で公平性を欠き、従業員の不満を招きます。基準を具体的に定めることで、公平な労務管理につながります。

休職制度
病気休職や私傷病休職などを設ける場合は、期間や復職条件を明記することが不可欠です。裁判例でも、休職制度が不明確な場合、従業員の地位確認請求が認められることがあります。

副業・兼業の取り扱い
相対的必要記載事項には含まれませんが、現代の実務では副業の可否を規則に定める会社が増えています。記載しないと従業員は「自由に副業できる」と理解してしまい、利益相反や情報漏洩のトラブルにつながります。

まとめ
相対的必要記載事項は「制度を導入するなら記載が必須」という性格を持ちます。未整備のまま運用すれば、会社が不利になるだけでなく、従業員の不信感を招きます。制度の有無を明確にし、導入する場合は詳細まで記載しておくことが安全です。

参考条文:就業規則の記載事項

労働基準法 第89条 (作成及び届出の義務)

常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。

  1. 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
  2. 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
  3. 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

3の2. 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項

  1. 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
  2. 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
  3. 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
  4. 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
  5. 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
  6. 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
  7. 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

参考判例:解雇事由が不明確な就業規則

判例:片山組事件(最判昭和52年1月31日)
解雇事由が不明確な就業規則は無効とされ、解雇が認められなかった。

判例:みちのく銀行事件(最三小判平成12年9月7日)
賃金規程の不利益変更が合理性を欠き、効力が否定された。

判例:東芝柳町工場事件(東京地判昭和61年3月24日)
懲戒処分が不明確で、懲戒解雇が無効とされた。