はじめに:なぜ今、“理解される制度”が必要なのか?

外国人スタッフの雇用が急速に広がる中で、就業規則の整備・周知は急務となっています。しかし「書いてある」「渡している」「──それでも、伝わらない。そんな現場の声を数多く耳にします。
その原因は明らかです。就業規則は“読むだけ”では意味がなく、“使われてこそ”初めて機能するからです。
特に外国人スタッフに対しては、就業規則は「働くルールを理解してもらうための大切なツール」です、実際には逆に「誤解や不安の火種」になることもあります。だからこそ、制度を「伝える」にとどまらず、「理解される」ように使える仕組みを企業が主体的に整える必要があります。
この回では、“読む”から“理解する”、そして“使える”就業規則へと変えるための社内施策──研修、図解、動画、ロールプレイといった実践例を通じて、「伝わる制度設計」への一歩を提案します。


1. 「読む」だけでは足りない現場の実例

「就業規則は配布しました」──それでもトラブルが起こる。多くの現場でこの“制度の壁”に直面しています。
ある介護施設では、ベトナム出身のスタッフが利用者のご家族に連絡を取ってしまい、問題になりました。彼女は「親切心から」「母国では当たり前の行動」と思っていましたが、実は就業規則に“家族への個別連絡は禁止”と記載されていたのです。
「ちゃんと読んだはずなのに」──それが、当人の言い分でした。
別の飲食店では、ネパール出身のアルバイトスタッフが私物のスマートフォンをキッチンで使用していたことが問題に。本人は「休憩中だと思っていた」「時間が余ったので」と主張しましたが、就業規則には“勤務中の私物操作禁止”と明記されていました。
日本語の“〜してはならない”という表現が、“絶対ダメ”というニュアンスであることを、彼は正確に理解できていなかったのです。
このように、仮に“読めた”からといって、しっかり納得して“行動に結びついている”とは限らないこともあります。
言葉の意味が伝わらないだけでなく、「なぜそれが必要なのか」「誰を守るためのルールなのか」という背景ごと伝えなければ、理解も納得も得られません。
さらに、そもそも「自分に関係ある」と思って読んでいないケースも多くあります。
「就業規則は社員用だと思っていた」「自分はパートだから関係ないと思った」
こうした“当事者意識のズレ”も、行動の不一致につながる重大な要因です。
だからこそ、“読むだけ”では足りません。次章では、理解と行動に結びつけるための工夫──図解・動画・ロールプレイの具体策をご紹介します。

2. 図解・対話・ロールプレイで“使える”ルールへ

外国人スタッフの“理解”を支えるためには、文章情報だけに依存しない「多様な伝え方」が必要です。とくに就業規則のように抽象的・法的・難解な文書については、視覚・体感・対話による補足が非常に効果的です。
● 図解で“全体の流れや事例”を見せる
文章だけで説明されていると、どの項目が重要なのか、どこまでが自分に関係あるのかが見えづらくなります。図やチャートにすることで、関係性や手順、例外の範囲が直感的に把握できるようになります。
例:

  • 「遅刻・早退・欠勤」の扱い → 時系列フローで整理
  • 「報連相(報告・連絡・相談)」 → 誰に・いつ・何を伝えるのかを分岐図で可視化

● ロールプレイングや動画で“実際の場面”を見せる

3. 理解度チェックと対話の工夫

研修やツールを活用したあとは、それが“本当に伝わったか”を確かめるプロセスが必要です。ここで求められるのは、単なるペーパーテストではなく、「理解の深度」や「行動との接続」を確認する工夫です。

● 理解度テストや対話型チェック
よくあるのは、就業規則の研修後に小テストを行う方法です。しかし、知識として記憶していても、実際の場面で正しく行動できるとは限りません。車の運転免許でも、ペーパー試験と実技試験がセットになっていますが、知識の理解度チェックと現場対応力のチェックが必要です。
そこで有効なのが、“すれ違いの場面”を想定した対話型の確認です。

事例:

  • 「体調が悪い時、あなたなら誰に・いつ・どうやって伝えますか?」
  • 「このルールの目的は何だと思いますか?」

こうした質問を通じて、表面的な理解ではなく、“自分ごと化”されているかを確認します。

● 現場のリーダーによる日常的な声かけ
研修が終わった後も、日々の中でルールが活かされているかを観察する視点が求められます。現場リーダーが、スタッフの対応や動きに対して「どうして今この行動をしたのか?」と聞いてみるだけでも、理解度が見えてきます。
また、「もし間違ってもすぐ相談できる関係性」があるかも重要です。これは研修内容よりも、日々のマネジメント文化に左右される部分です。

● 「ルールを説明させる」ことで定着を促す
もっとも効果的な理解促進は、「他人に説明する」ことです。
外国人スタッフ同士でグループを組み、各自が1つのルールを選んで「これはこういう意味で、こうするとよい」と他の人に伝える機会を設けてみてください。説明するためには、前提や目的を理解し、自分の言葉に置き換える必要があるからです。

4. “自分ごと化”する就業規則の仕組みとは?

最終的なゴールは、就業規則や職場のルールブックの一文一文が「自分に関係あるもの」として自然に身についている状態です。すなわち、制度が“自分ごと”になっているかどうか。
これは、一度の研修や説明では実現しません。日々の業務や対話、仲間との関係性の中で、徐々に“実感”として定着していくものです。

● 「制度」と「人」をつなぐ翻訳者の存在
ここで重要なのが、制度と現場の間に立って“翻訳”してくれる人の存在です。
たとえば、多国籍の職場で活躍するリーダーや、日本語に堪能な先輩の外国人スタッフが、その役割を担うことがあります。もし適任者が自社にいない場合は、管理組合、登録支援機関、送り出し機関なので相談する方法もあります。
彼らが制度の背景や意味を、自分たちの言葉でかみ砕いて伝えることで、新しく入ったスタッフも“自分にも関係ある話だ”と理解できるようになります。
制度が生きるかどうかは、現場でどう伝えられるかにかかっているのです。

● 小さな“気づき”を拾い上げる文化
また、現場の声を拾い上げる仕組みも必要です。
「このルールって、こういう意味ですか?」「それならもっとわかりやすく書けませんか?」──こうした声は、規則の改善にもつながります。
特に外国人スタッフから出てきた“わかりにくさ”は、実は他の日本人スタッフも感じていたりします。
その意味で、就業規則は“育てるもの”という視点が大切です。

● 「ルールを説明できる人」が増える職場へ
理想は、現場の誰もが「このルールってね……」と説明できる状態。
そこに至るためには、制度を“押しつけるもの”から、“共有して使う道具”へと認識を転換する必要があります。
そのために企業ができることは、決して難しくありません。

  • わかりやすく書く
  • 説明の場を設ける
  • 声を聞いて直す
  • 一緒に考える時間をつくる

これらの小さな工夫の積み重ねこそが、“使える就業規則や職場のルールブック”への第一歩です。
特に、職場のルールブックは、最初にまとめつくるものではなく、気づいたことがあれば、都度、更新してゆくことが重要です。

おわりに|“使える就業規則”が、信頼と安心を育てる

外国人スタッフとの間に生じがちな“ルールのすれ違い”について、その背景と対策を探ってきました。
繰り返しになりますが、就業規則は単なる「決まりごと」ではなく、組織と人をつなぐ“相互信頼のためのインフラのひとつ”です。特に文化や言葉の壁がある職場では、その存在意義は日本人スタッフ以上に重要になることを、現場の実例から見てきました。
「書いてあるからOK」「伝えたはずだ」ではなく、「伝わっているか?」「自分ごととして理解されているか?」という視点が、今後ますます必要とされる時代です。
そして、それを実現するには——

  • 書き方の工夫(やさしい日本語・図解)
  • 伝え方の仕組み(ロールプレイ・母国語説明)
  • 現場との対話(参加型ルールづくり)

    といった、いわば“制度と感情の橋渡し”のような取り組みが欠かせません。
  • 「働く上での安心感」は、待遇や制度だけでは生まれません。「この会社はちゃんと説明してくれる」「わかりやすく伝えてくれる」——そう思えるかどうかが、口コミ採用や定着率に直結します。
    あなたの職場では、就業規則が“自分ごと”として語られていますか?
    もし少しでも不安があるなら、今日が見直しの第一歩かもしれません。